【全クラブは4月新入生を募集しています】

新環境のスタート、はじめの一歩です
詳しくは配布したパンフッレを参照してください。


   
体験する・上手になる・身につける・体得する・修得する・獲得する・習熟するという様な言葉は、生活の中に体を使う動作に付帯する言葉としてたくさん溢れています。その言葉は、微妙に発達の段階や程度を示しています。人間は繰り返すことで、その結果をフィードバック情報として頭の中に蓄え、次に行動する時の参考にして生きています。人間は情報を分析し整理し記憶し、その過程の中で考えたこと、感じとった情動なども合わせて脳内にしまい込みます。つまり、人間が生きていくうえで必要な学習、その全ては体や五感を使った反復学習が基本になります。それなくしては身に付けることは出来ないのです。「たった一回の体験で何らかの技能が上手になる」などということはあり得ません。時折、初めてなのにかなり上手くいったというようなことがありますが、それは、過去に蓄積されてきた当人の知識・技能・体を使う操作性の基礎となる感覚の育ち・筋肉の出力の強さや調整力・心肺機能などの能力が元々あり、それを材料にして新たなことに取り組むためのイメージがすぐさま描けた結果、同じような動作についての類似性が取り出せ、模倣することが出来ただけのこと。しかし、多くの人、更に成長途上の子ども達は、なかなかうまく即時模倣が出来るわけではありません。やはり、何かを習得するには「反復すること」が不可欠なのです。「努力なくして成就なし」。どのような事柄も土台はそのことに支えられています。子ども達がこれから先習得していくべきあらゆる事柄に適応されるものです。しかも、それらは一朝一夕に身に付くものではありません。長い時間、時には数十年かけて向上させていく事柄も多いものです。 
                     

   
携帯電話やコンピュータは、蓄えた情報を電線を使って新しい機種にそっくり乗せ換えることができますが、残念ながら人間の生物としての能力はそれを可能にしてはくれません。誕生以来培ってきた色々な能力と同様に、何かが上手になるには、地道な努力を続ける以外に方法はありません。でも、打てば響くような小さい頃(ベイビー~チャイルド)なら、色々な学習の動作パターンを覚えるのに時間が短くて済みます。大人に比べ、より効果的な時期といえます。頭の中では運動も、思考も、感情も皆、複合的に記憶されますので、結果として外界の認識力も向上することになります。つまり、状況把握力や理解力が高まります。そのことで友達関係も良くなり、集団の中での活発な交流などに良い効果が期待できます。結果として「うまく生きていく」ことにもつながります。そのような能力を社会的、または社会性能力と呼びます。実際に「取り組む事」と「乗り越える事」は子ども・大人を問わず、頭の中で本人が持つ様々なことへのイメージがより現実化され、「見るだけ」と「やってみること」には大きな違いがあることにも気づき、知識を蓄えることになります。
    

 

よく自発性・自主性などという用語が理想的な言葉として用いられますが、何もしなければ何も生まれません。「まずは、やってみよ」それが成長のために必要な鉄則です。「叩けよ さらば 開かれん」どこかで聞いた言葉です。子ども達は色々なことに取り組み、初めて物事を覚えます。上手になるという事は中身が変化していることであり、それらを全て総合して「成長している」と言います。また、クラブは集団で運動的活動をする場です。集団というミニ社会の中では必ずルール・マナーなどの約束事が生まれてくるのは必然です。秩序だった基準が無ければ、ただの烏合の衆でしかありません。そこが集団活動のねらいが集約されるところです。ミニ社会であれ、ミニ集団であれ、秩序・規則・規範と呼ぶものを活動の中から自然に吸収していきます。「親と子ども」「大人と子ども」「先生と子ども」「子どもと子ども」とのやり取りの中でしか、将来生きてゆく為の有用・有益な社会性、対人関係を切り開いてゆく力、換言すれば「人格形成の要素」は育っていきません。人間は独居動物ではありません。将来に向かって必ず求められる能力です。そのような総合力も小さいうちから徐々に培われていきます。成長の過程でそれを取り除いてしまったのでは、精神的な成長はありません。「人の間と書いて人間」とは、よく言ったものです。社会性という、自分の衝動を抑え周りに融合し適応してゆく能力は、無人島に住んでいたのでは育ちません。